発祥の地bannar
関西学園発祥之地
 [かんぜいがくえんはっしょうのち] 


場所
岡山県岡山市野田屋町二丁目1
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岡山駅の 500m東に“野田屋町公園”がある。公園の 東南角 南西角に 大きな自然石で造られた石碑が建っている。

碑に刻まれた文字「□□学園発祥之地」はわかるが 先頭の2文字は判読が困難だった。 ウェブ上で画像検索した結果, 「関西学園」であることがわかった。 (“関西学園”は“かんぜいがくえん”と読む。)

関西学園は 1987(明治20)年に「私立岡山薬学校」として発足したのが始まりである。
明治初年に 医師と同様に 薬屋(薬種商)も開業の資格として 西洋薬学・化学・物理学などの 試験を課されることになり, 各地に薬学校が開設された。 岡山においては 岡山市東中山下の地に「私立岡山薬学校」が設立された。

しかし その後まもなく, 文部省の方針により 高等中学校医学部に薬学科を付設し 他の薬学校が存続 できなくなった。岡山においても 第三高等中学校医学部薬学科が開校し, 岡山薬学校はわずか3年足らずで廃止。在校生は全員がこの新しい薬学科へ引き継がれた。
このため 岡山薬学校は 高等中学校医学部へ入学するための予備校 「岡山医薬学部予備校」として 存続していくことになった。
その後 医学部へ入学するためには 予備校へ入ることが必然となったため 入学希望者が増え, 校舎が手狭になったため, 1894(明治27)年に この発祥碑のある 野田屋町に移転した。

これを期に, 関西の雄として羽ばたく意を込めて「私立関西尋常中学校」と改称, 予備校を脱して 5年制の中学校に変身した。
1900(明治33)年 現在地(岡山市西崎本町=この地より西へ2.5km)に新校舎を建設し移転。 1948(昭和23)年 学制の改革により「関西高等学校」となり 現在に至る。

この発祥碑は 1967(昭和42)年に 関西学園の創立80周年を記念して建立された。

撮影日
2007年8月 (写真提供 M.M.さん)
碑文
関西学園発祥之地

  創立 明治二十年
    理事長 菊地池三郎


 
関西学園発祥之地碑
 関西学園発祥之地 碑