発祥の地bannar
人権モデル地区発祥の地
 [じんけんもでるちくはっしょうのち] 


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場所
三重県度会郡大紀町大内山
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JR紀勢本線の大内山駅より北東に2.5km。
国道42号(熊野街道)を大内山駅方面から北上すると,右側に「駒コミュニティ消防センター」と書かれた消防団の機材置き場がある。この入口に「人権モデル地区発祥の地」と書かれた金属の看板が建っている。
また,ここから南の梅ヶ谷駅近くにある「川口コミュニティセンター」の前にも同様の看板が建っている。

法務省では,人権思想の徹底と浸透をはかるため,1973(昭和48)年度から「人権モデル地区活動」を進めてきた。“一律的な普及活動から重点的な浸透活動へ”というスローガンの下に,全国各地の特定の市町村を「人権モデル地区」に指定し,これを拠点として啓発活動を重点的に行ない,その効果を漸次周辺へも及ぼしていくという考え方であった。
人権モデル地区に指定された市町村は,事業推進の母体として「人権モデル地区推進協議会」を設置し,人権思想の啓発のための講演会や 人権相談を行う特設相談所の増設を行なうなど,地域の実情に応じたきめ細かな活動を通じて,人権思想の普及高揚をはかってきた。

基本的人権は憲法で保証された権利であり,人種・信条・性別・社会的身分・障害等々を理由に差別されることはない,とされている。人権擁護の活動は 当初は同和問題を中心に始まったが,現在では同和問題はほとんど意識されることがなくなり,人権擁護の中心は“いじめ”や女性差別などに移りつつある。

この地が人権モデル地区の発祥の地とされた詳しい事情は不明だが,おそらく人権モデル地区活動が開始されて最初にモデル地区として選ばれたのが (旧)大内山村であったのではないかと思われる。
看板に「大内山村」と書かれているが,大内山村は 2005(平成17)年に隣接する大宮町・紀勢町と合併して大紀町となっている。
看板に大内山村の名前があるということは,この看板は2004年以前に建てられたものであり,10年近くも放置されていたことになる。地域住民にはあまり関心を持たれず,看板の存在すら忘れ去られているのだろうか。

撮影日
2013年3月 (写真提供 OLDMANさん)
碑文
人権モデル地区発祥の地
     大内山村

 
駒コミセン前の「人権モデル地区発祥の地」看板 同じ看板の裏側
駒コミュニティセンター前の
「人権モデル地区発祥の地」看板
同じ看板の裏側

川口コミセン前の「人権モデル地区発祥の地」看板
川口コミュニティセンター前の
「人権モデル地区発祥の地」看板


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