発祥の地bannar
上方演芸発祥之地
 [かみがたえんげいはっしょうのち] 


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場所
大阪府大阪市西成区山王1丁目
コメント
大阪市営地下鉄御堂筋線の動物園前駅から 東に100m。
阪神高速松原線の“阿倍野入口”脇の狭い空間に「てんのじ村記念碑・上方演芸発祥の地」と 書かれた 高さ5mぐらいの 大きな石碑が建っている。

「てんのじ村」は「天王寺村」の通称で, 天王寺公園の向い側にあり, 大正時代に大阪市に編入された地域。 道頓堀・千日前・新世界などの演芸街に近かったため, 太平洋戦争前後には ここに 400人ぐらいの芸人が集まって住んでいた。戦災にもあわなかったため 戦後も古い長屋が残っていた。
しかしその一角は 阪神高速松原線の建設によって取り壊され (松原線の開通は 1970(昭和45)年), 周辺も再開発により 当時の面影は 現在ほとんど残っていない。
この碑は, 1977(昭和52)年に 芸能界の有志たちによって 阪神高速の入口すぐ東側に建てられた。

撮影日
2006年10月
碑文
上方演芸発祥之地
  てんのじ村記念碑

 仏法最初, 荒陵山四天王寺に由来する天王 寺村は, また文化芸能淵叢の地でもあった。 往昔, 北は生国魂より南は天神森紹鴎社に及 ぶ広大な地域を占めていたといわれる。現在 の通称「てんのじ村」は, まさにその中心の 地に当たる。昭和二十年の戦災に奇しくも大 被害を免れて芸能人の大半はこの地に結集, 爾後, 上方庶民の文化, 演芸の再建, 飛躍の 拠点となった。今回, 都市計画による地区改 変に際し, 縁故芸能人, 地元有志ほか江湖の 賛助を得てここに記念の碑を建立し事蹟を顕 彰するとともに向後のより大なる発展を庶幾 せんとするものである。
    昭和五十二年十一月八日
        吉田留三郎 識
上方演芸発祥之地碑 上方演芸発祥之地碑
上方演芸発祥之地 碑
上方演芸発祥之地 碑
背後は 阪神高速“阿倍野入口”


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