発祥の地bannar
ロケット発祥の地  [ろけっとはっしょうのち] 


場所
東京都杉並区桃井3丁目
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JR中央線・西荻窪駅の 1kmほど北, 日産自動車の 旧・荻窪事業所があった場所。 現在は 工場敷地の一部が 日産の販売店となり, その他の広大な敷地は まもなく住宅団地に変貌しようとしている。
この場所には, 日産自動車になる前は プリンス自動車工業, その前は 富士精密工業 という会社があった。

碑は 1メートルぐらいの立方体の石の台座の上に置かれ, 石碑上面中央に ガラス蓋のついた窪みがあり, その中に ペンシルロケットの実物大模型が入っている。
ガラスに貼ったシートが剥がれかかっているため, 中に標示している文字が 読み取れないのが残念である。

日本における ロケット技術の開発は, 糸川英夫教授率いる 東京大学生産技術研究所が, 民間の機械・化学メーカーと協力して推進した「ペンシルロケット」が最初である。
1955年には, 全長 わずか23センチの ペンシルロケットの発射実験に, また 全長1メートル余の ベビーロケットの 発射実験に成功し, その後のロケット開発の基礎を作った。

なお, この碑と同じ場所に,「旧中島飛行機 発動機 発祥之地」碑が並んでいる。

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撮影日
2003年5月 
碑文
ロケット発祥の地

 戦後間もない昭和28年, 旧中島飛行機から社名を変えた富士精密工業は 東京大学生産技術研究所(現, 文部科学省宇宙科学研究所)の指導を受け, ロケットの開発に着手した。 2年後の昭和30年にはペンシルロケットの初フライトに成功し, これが日本のロケット第1号となった。
 爾来, 約半世紀, 富士精密工業は, プリンス自動車工業, 日産自動車, アイ・エイチ・アイ・エアロスペースと変遷を重ねたが, ロケット技術は脈々と後進に受け継がれ, 現在の日本の主力ロケットを生み出す原動力となった。 ロケット開発の拠点たる日産自動車荻窪事業所は 平成10年5月に群馬県富岡市へ移転したが, 跡地は再開発されることになった。
 この地の生み出した創造的意義に鑑み, ここに記念碑を建立し, 往時を偲びつつ, 宇宙開発のさらなる発展を祈念するものである。
           平成13年11月

(裏面)            旧富士精密工業株式会社
                旧プリンス自動車工業株式会社
                旧日産自動車株式会社
                    宇宙航空事業部
                          有志一同

ロケット発祥の地   ロケット発祥の地 碑
ペンシルロケット  碑の中に展示されている
  ペンシルロケット


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