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【葵祭】へのコメント      [99.6.30]


『葵祭』にたくさんコメントをいただきました。その一部をご紹介します。


【 Iさんから 】

 下地に葵の模様を取り入れていらっしゃるのをめざとくみつけてしまいました。
 心憎いばかりのさりげなさですね。とても難しいテクニックなのでしょうね。

 私も10年くらいまえに葵祭りをみたことがあります。とても暑い日だったので
 厚い衣装を着た人たちはさぞかし・・・と気の毒に思ったのが記憶にあります。

 大文字の送り火はまだみたことがありません。ぜひ一度みてみたいものです。
 それと奈良春日大社の万灯籠・・・。年に2回だけ、すべてのろうそくが灯る日があります。
 確か夏はお盆の頃だと思います。これもみてみたいものの一つです。

葵 原画 背景に葵の模様を使ってみましたが, これは 左のような絵を借用して 少し変形したものです。 私にとって初めての経験でしたが, 実はあまりたいした作業ではなくて, 画像を扱い慣れている人には この程度のことは朝飯前なのでしょう。
それにしても もう少し絵心があれば もっと見栄えのする背景が出来ただろうに...

葵祭のあの衣装を着て行列するのは 確かに暑いでしょうね。
今年は 幸い曇天だったので 直射日光はあまりきつくはなかったのですが, 相当蒸し暑かったので 十二単を着た女性などは しんどかっただろうと思います。
それと 長時間行列を待っていたので すっかり日に焼けてしまったのですが, 考えてみれば 行列する人たちは 都合4〜5時間も外にいるわけで, 日焼け止め対策は大変だったでしょう。

春日大社の万灯籠は 10年以上前に見たことがあります。 そんな行事があるとは知らずに 8月15日に奈良に行ったら, 偶然 万灯籠と大文字の送り火を見ることができました。 (奈良にも 大文字の送り火 というのがあることを初めて知りました。)
しかし 何の予備知識もなかったので, 単に「へぇ」と思っただけ(^^;)


【 Iさんから 】

学生時代に京都・大阪に住んでいたのですが、結局、「京都三大祭」は一回も
見ることなく現在に至っています。ですから、葵祭と時代祭の区別もつかず
(祇園祭はたしか大きな山鉾を引き回す祭・・だとうろ覚えに記憶しています)、
家族に "昔、京都に住んでいたんでショ ?" と笑われていました。

今回のお話で、ようやく葵祭のおおよその姿が分かってきました。"葵"を身に
付けている事が祭の名前の由来である事や、行列のキャスト?の内容を初めて
知り、とても面白かったです。
(しかし、なぜ "葵" なんだろ? 清めのためらしいが・・)

これは、是非、他の二祭も見物していただいて、アップしていただかなくては・・・・
でも、自分でも見にいきたくなりました。


参加者が葵の葉を身につけるのは「清めの草」ということですが, 何故「葵」なのかについては 定説はないようで,
  「斎王が 葵の花むしろでまどろむ夢をみた」
というかわいい伝説から,
  「かつては下鴨神社の境内に葵がいっぱい自生していたので, 手近な飾り草として使った」
という現実的な説明などがあるようです。
しかし, 牛や馬までが葵の葉っぱをつけているのを見ると, 多少滑稽なところがあります。


【 Tさんから 】

 葵祭というと源氏物語に祭りの際に牛車で見物場所を争う場面があったような
 気がします。加茂祭というのはこの葵祭りのことなのでしょうか。
 (この見物場所をめぐって、六条御息所が心を痛め
  その後六条御息所の怨念が物の怪となって、葵の上を苦しめる
  と、記憶しているのですが...かなり怪しい記憶です)

 京都は雅な催しものが多いですね。
 蹴鞠遊びなども優雅さを感じます(実際には相当激しい運動のようですが)
 そんな京都に気軽に行ける場所にお住まいになったことは羨ましいです。


【 Yさんから 】

  >最近「桃尻語訳 枕草子」という本を読んだばかりで・・・

  ここで つっかえてしまい 広辞苑で「桃尻語」を探すも見つからず。
  広辞苑では無理だろうな,なんて思いながら gooへアクセス。
  すぐにヒットし 橋本 治著の上中下の文庫本がでていることを知りました。

  さて どんな言葉なのだろうかと読んでいくと しっかりと書き出しの
  言葉が載っていました。

  --------------引用開始
  第一段

  春って曙よ!
  だんだん白くなってく山の上の空が少し明るくなって、
  紫っぽい雲が細くたなびいてんの!
  --------------引用終了

  これで全文を読んだら疲れそうな感じですが 女子中学生や高校生には
  好評なのかな?と考え込んでしまいました。
  小川さんは読まれたようですが どんな感じですか?

  それにしても乗尻,素襖,火長など 読み方も意味も皆目分からない
  ような言葉が続きます。説明文がなかったら何が何やら 私には さっぱり
  分からないでしょうね。


恥ずかしながら 私は源氏物語を読んでいないのですが, 確かに葵祭は 古くは「賀茂祭」と言ったそうです。
源氏物語にも 枕草子にも, 当然の話題として出てくるのだから, やはり当時の葵祭は 非常に大きなイベントだったのでしょう。

Yさん さすが。すぐに web検索するなんて 思いついてもなかなか実行しては みないものです。
「桃尻語訳 枕草子」は 思い切った現代語訳の枕草子。 「春は曙」は「春って曙よ!」になってしまうし, 「いとをかし」は「すっごく素敵!」になる。 おまけに「清少納言はキャリアウーマン第一号だった」など 思わず納得してしまう解説がフンダンに書かれていて, 大変面白く読みました。

とにかく 解説が優れています。枕草子なんて 字面(じづら)だけ読んでいても, あの時代の社会的背景や 女房たちの生活や 物の考え方などがわかっていなければ 全然理解できないですが, 解説付きで読むと大変興味深く読めます。
しかしご指摘のとおり, 全文「桃尻語」(女子高生用語?)に訳されているので 読み通すのは大変疲れます。興味あったら 読んでみてください。(河出文庫)


【 Sさんから 】

 小生もお祭りは嫌いじゃないのですが、混雑が嫌であまり
 出掛けていませんでした。
 都合9年も関西に居て、唯一、京都の「時代祭り」だけ、
 誘われて同行しました。
 時代祭りは、それほどの混雑ではなかったのですが、序に
 「鞍馬の火祭り」まで行こうとしたのですが、それは全く
 の誤算で、電車待ちの行列に並んだものの、2時間過ぎて
 も駅に届かず、帰りの時間を考えて断念し、帰った記憶が
 あります。
 首都圏へ帰任してから、鞍馬に行く機会がありましたが、
 あんな山奥だとは知りませんでした。


【 Aさんから 】

  毎回楽しく拝見させて頂いております。
  小生も関西に赴任してきましてから二年が過ぎようとしておりますが、
  昨年の「時代祭」以外はまだ見ておりません。
  今年は「葵祭」を見逃してしまったのでり祇園祭を是非見に行きたいと
  思っております。
  「葵祭」は来年の楽しみにとっておきます。

【 Oさんから 】

 今回も楽しく拝見させて頂きました。
 殆ど見たことのない語彙が多くその説明がなかったなら きっと私には理解できない
 内容でした。小川さんの気遣いを感じました。
 私も関西に22年住んで京都三大祭を一度も見ておりません。
 絶対、混んでいるとの先入観がありました


【 Yさんから 】

 祭り嫌いとは知りませんでした。
 次は,暑い京都の祇園祭りはいかがでしょうか? 数年前に行きましたが
 暑さで気分が悪くなりそうでした。
 こんな事を書くとなおさら行きたくなくなるかもしれませんが。

【 Mさんから 】

 今回の葵祭り、1500年も続いているとは初めて知りました。
 そして、日本という国は、そんな昔から、優雅で文化的な素晴らしい
 国であったと思うと、温故知新という言葉が改めて思い出されます。
 また、平安時代の習慣をそのま現代まで続けて、再現しているという
 ことな感動を覚えました。

 これからも、機会があれば、他の祭りもお願いします。
【 Sさんから 】

  葵祭、なつかしく見せて頂きました。
  学生時代に関西の大学にいて、たまたま5月15日が大学の開校記念日で
  休みということで、2回見物にいったことがあります。掲載された写真を
  見せて頂きながら、四半世紀前のことを思い出しました。 私の方は、
  ただ見たというだけでしたので、ご紹介のあったような当時の習慣は全然
  知らないままみておりましたので、大変勉強になりました。
  祇園祭や時代祭も、楽しみにしております!


今ごろになって「〈祭嫌いだなどと言わずに〉京都三大祭 を制覇しておくべきだった」 などと後悔しています。 しかし 大変残念なことに, 私めは この6月末をもって 明石を離れ, 川崎に転勤することになりました。
4年半の関西生活を, 単身赴任をいいことに 相当あちこちに行き 大いに楽しませてもらったのですが, 今から考えると もっと あれを見ておくべきだった, ここにも行ってみたかった, などと悔やまれることがたくさんあります。
が, そう言っていても仕方がないので, これらの行きそびれた場所やイベントは, いずれ 旅行者として訪ねてみることにしたいと思います。

長い間 多くの皆さんに見ていただき, たくさんのコメントをいただきましたが, とりあえず 『明石たより』は 今回をもって終了とさせていただきます。 応援してくださった皆さんに 心からお礼を申し上げます。

可能ならば, いずれ場所と名前を変えて, 続きを書いていきたいと考えています。 その節は 変わらぬご支援をいただきますよう, よろしくお願いします。


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