西武新宿線・本川越駅の東 1km。
県立川越総合高校の向い側に 天台宗別格本山“中院”がある。
山門から本堂に向かって進み 左手の墓地に入ると, 大きな横長で茶色の「狭山茶発祥の地」碑が
目に入る。その右横には 狭山茶発祥の由来を記した副碑も建っている。
お茶は 鎌倉時代に栄西禅師により中国から日本へもたらされ, 宇治で初めての茶園が開かれ,
やがて日本国内に普及していった。
川越周辺の狭山丘陵地は 広く狭山茶の産地として知られているが, その起源は
慈覚大師がこの地に 宇治から持ってきたのに始まると言われている。
当初 川越(河越)の地に栽培され「河越茶」と呼ばれたが,
江戸時代に生産地が広がり「狭山茶」になった。
この説明は, 下記に示す碑文が「平安時代にもたらされた」と説明しているのに対して
時代的に相違している。
多くの資料は 鎌倉時代説をとっているようだが, いずれが正しいかの判断は 専門家に任せたい。